岩伏山(いわふせやま)大人山(だいにんさん)
 
単独 2018.12.02 
岩伏山登山口(奥出雲町佐白)(7:51/8:10)→金屋子神碑(8:16)→杜の広場(8:39)→岩伏山(8:43/50)→さくらおろち湖トレランコース分岐(8:59/9:04)→434峰(9:22)→林道の峠(9:34/39)→長者屋敷跡(9:55)→八重垣神社跡(10:02)→八頭峠(10:07)→434峰(10:39)→乗越鞍部(10:54)→一畑薬師の石塔(11:27)→林道の峠(11:49/51)→大人山遊歩道(11:57)→展望広場(12:08)→大社広場(12:16)→大人山(12:18)→一畑広場(12:32)→東屋(12:34/59)→展望岩(13:01)→大人山登山口(13:10)→山頂まで1,700m標識(13:23)→仰支斯里神社前(13:34)→奥出雲多根自然博物館前(13:51)→起点(14:19)

軌跡図
                                                            所要時間:6時間09分、歩行距離:14.1㎞

 この地図は、国土地理院の地形図を使用したものである。

アルバム
奥出雲町と雲南市の間に連なる、岩伏山と大人山を繋いでみた。岩伏山登山口に車を駐める。8年前に整備された遊歩道に取り付く。みちみち出会う樹木には、花の写真入りの名札が付けられている。登山口から5分ほどのところに、金屋子神(かなやごしん)が祀られている。で、この道は「金屋子のみち」という。落ち葉絨毯のやさしい尾根道だ。しばらくすると、「みはらし場」と呼ばれる展望所が2ヶ所続く。はじめのは、南面樹木越しに「さくらおろち湖」が、次のは東面に城山(じょうやま)が望まれる。30分ばかりで頂稜の「杜の広場」に着く。休憩ベンチが設えられた平坦地には、山木神社(やまきじんじゃ)跡の石柱(平成13年)と縄久里大権現(なわくりだいごんげん)の石塔(文久4年)、そしてその説明板が立てられている。そう広くはないけれど、かつてはここにお宮があったのだ。西にひと上りした岩峰が岩伏山のてっぺん。東面に、舟のかたちをした大岩が座り、一番高いところに石仏が二体(不動明王と大権現?)祀られている。この岩舟、素戔嗚尊が新羅の國から出雲の簸(ひ)の川のほとりまで使った埴船(はにぶね)、と傍の説明板にある。南西(大万木山、鯛ノ巣山方面)と北東(清久山方面)の展望案内板が整備されているが、立木(マツ)が邪魔をして見通しは良くない。おまけに遠くは霞んで、清久山(せいきゅうざん)を同定するのがせいぜいという有様。

岩伏山登山口(8:10)

金屋子神の石塔(8:16)

みはらし場1(8:30)

みはらし場2(8:34)

杜の広場(8:40)

岩伏山山頂の岩船(8:43)

岩伏山山頂の石仏(8:44)

岩伏山山頂(8:49)
杜の広場下の遊歩道は、約80m東で南支尾根へ下っていく。このルートは、途中に堂の奥古墳があることから「堂の奥のみち」と名付けられ、尾白の自転車競技施設に降りている。北支尾根へ乗り越す山道と合わせて、さくらおろち湖トレランコースになっているようだ。ともあれ、いずれの道も捨てて、マツ・雑木の主稜線に取り付く。北面がヒノキの植林地で、ササの茂る尾根には薄く踏跡も残っている。遊歩道から約30分、難なく林道の峠に出た。地形図によれば、北面には網の目のように作業林道が付けられている。南面の山襞に沿う道を下り、県道25号玉湯吾妻山線に出る。県道へ合流する手前に、長者屋敷跡元八重垣神社跡など、一帯には八岐大蛇退治の跡がフルセットで伝承されている。県道を左(北)に取り、八頭峠(やずだわ)から大人山の西尾根に取り付く。身の丈を超す灌木混じりのササの急斜面だ。

トレランコース分岐(8:59)

434峰山頂(9:22)

林道の峠(9:35)

長者屋敷跡(9:55)

元八重垣神社跡(10:02)

八頭峠(10:10)
稜線に上がれば踏跡ぐらいあるだろう、と期待したのは甘かった。サルトリイバラまで加わって、楽にない。が、それも30分ばかりで下生えのないマツ林になって、乗越鞍部に降りた。落ち葉絨毯のよい道だ。八頭と樋ノ谷を結ぶ間道なのかもしれない。上り返した稜線には明瞭な踏跡があって、もうルンルン。この際、478.2m三角点まで寄り道してみる。樹間に佐白の家並みがちらっと見えるだけで、展望はない。主稜線に戻ると、すぐ500mピーク(GPS標高)。マツ林に囲まれた平坦地の真ん中に、一畑薬師如来の石塔が立っていた。一畑寺のある北北西を背にしている。遥拝所なんだろうけど、信者さんの足跡は薄い。

434峰山頂(10:39)

乗越鞍部(10:54)

478.2m三角点(11:20)
一畑薬師如来の石塔(11:27)
稜線に踏跡は続き、次の鞍部も道が乗り越していた。先の乗越道と共に、登拝路として利用されていたのかもしれない。この鞍部を上り返して約400m、林道(大人山遊歩道)の峠に出た。上り返して踏跡をたどると、5分で先の大人山遊歩道に合流。何のことはない、大人山の登山口は峠を乗り越した北面にあったのだ。これより稜線に遊歩道が続き、10分ほどで展望広場に上がる。南面の展望はすばらしいのだろうけど、八代の家並みと城山が見えるだけ。その彼方に連なる中国山地は、まるで霞んでいる。

乗越鞍部(11:31)

林道(大人山遊歩道)の峠(11:51)

大人山遊歩道(11:57)

展望広場(12:08)
ほどなく、左手に簡易トイレ2基、行く手に東屋の建つ園地広場が開けて、奥に出雲大社と刻まれた石塔が立っている。ここは大社広場と呼ばれ、石塔に正対して遥拝し家内安全・五穀豊穣をお祈りするところ。東に小鞍部を上り返したてっぺんが、大人山の山頂。狭い平坦地の周りは除間伐されているが、見晴らしはそうよくない。塩田大山を同定して大山広場に戻り、北尾根の肩ピーク上がる。そこは一畑広場と呼ばれる遥拝所で、北西側に一畑燈籠が立つ小さな平坦地。ここもマツの樹が周りを取り巻いて、見晴らしはよくない。

八代地区、城山(左奥) 展望広場より(12:10) 

東屋(12:15)

大社広場の出雲大社石塔(12:16)

大人山山頂(12:18)

塩田大山など 大人山山頂より(12:19)

一畑広場の一畑燈籠(12:32)
東屋で昼食、遊歩道を戻る。10分で登山口に出て、峠を乗り越して下れば、そこから八代の大人山入口まで10分の道のり。木次線沿いの道に出て右に200m、仰支斯里(かみきり)神社に出会う。祭神は天狭霧命と須佐之男命。神社名の由来は、須佐之男命が高天原からこの地に追放される折、髪を切り爪を抜いて償ったという故事によるもので、「髪切り」の転訛とされている。うーむ、僕にはどうにも理解しがたく、「おしきり」としか読めない。

大人山登山口(13:10)

イノシシ防護柵ゲート(13:18)

大人山山頂まで1,700m標識(大人山入口)(13:23)

仰支斯里神社(13:34)
八代の古い町並みを抜けて、県道25号線に出る。奥出雲多根自然博物館の前から、八代川右岸の里道に入る。里道といっても、尾原ダム建設に伴い整備された、それは立派な一級道路。八頭川に架かる山方大橋を渡ると、左に展望遊歩道への道が分かれる。さくらおろち湖が望める岩内山周回コースのようだ。ほどなく、巨大な駐車場付きの「さくらおろち湖自転車競技大会本部施設」に出会う。有料・許可制で、利用者のいないこの日は、がっちりゲートが閉じられていた。そこを過ぎると、左手に広大な放牧地が広がる。牛さんがゆったりくつろぐ草の原に癒される。何でも、尾原ダム建設時の残土処分場跡地を利用したものらしく、「ダムの見える丘牧場」と名付けられている。おしまいに素敵な景色を見せていただいて、心地よく起点に還った。

奥出雲多根自然博物館(13:52)

ダムの見える丘牧場(14:14)