星居山(ほしのこやま)
 
2人 2020.03.18 
福寿草の里(神石高原町草木)(9:32/45)⇒県25⇒県26⇒県416⇒県27⇒R182⇒県416⇒阿下⇒林道星居山線⇒星居山Ⓟ(11:20/22)→登山口(林道御陵納所線)(11:34)→比丘尼庵跡(11:40)→星居山山頂(11:43/48)→星居寺(12:03)→起点(12:11/35)
軌跡図
  この地図は、国土地理院の地形図を利用したものである。        歩行時間:48分、歩行距離:約2.2㎞

アルバム
カミさんが中国新聞の記事を見て、フクジュソウに会いに行こうという。記事では東城町久代為重(くしろためしげ)の自生地が紹介されていたのに、僕は東城町と神石高原町を取り違え、草木(くさぎ)の「福寿草の里」を検索してしまった。地図を見てみると、近くに星居山が。この時点で、僕にはほかの選択肢がなくなった。庄原ICを降り、ナビをたよりにR432、県道25号三原東城線を経て目的地に達す。ネット情報(ひろしま観光ナビなど)に誤りがあり、終いでちょっと迷走。それは、福枡川右岸に沿う町道山手の休耕作地にあった。町道待避所に車を駐めて取付道を上がると、ポツンと一軒作業小屋があり、草木郷農営組合さんが「春を告げ福を招く福寿草の里はここです」の大きな看板を掲げておられた。きれいに刈り払われた草地一面に、可愛らしい黄色い花が咲き誇っていた。花は、キンポウゲ科のミチノクフクジュソウ(陸奥福寿草)。陸奥が冠されているが、青森から九州まで広く分布。北海道から本州全域に分布するフクジュソウとの区別は、萼片の長さの違いと、花の色。フクジュソウは、花弁と萼片の長さが同じで、花はオレンジがかった黄色。ミチノクフクジュソウは、萼片が花弁の半分ぐらいしかなく、花はレモンイエロー。

神石高原町福寿草の里入口(草木地区)(9:36)

福寿草の里(9:37)

ミチノクフクジュソウ(陸奥福寿草)(9:38)

ミチノクフクジュソウ(キンポウゲ科)(9:40)
次は星居山、ということでその取付を探して迷走ドライブがはじまる。国土地理院地形図には、福枡川左岸にいくつも破線道があるのだが、草生して何とも心もとなく、カミさんを案内する気にはなれない。で、星居山南裾の阿下(あげ)へ回ることにする。はじめに永谷地区から県道416号三和油木線へ入って早々、ギリピンの一車線でトラックに出会いUターン。小畠へ回って県道259号帝釈峡井関線に入ってみるが、役場から先のギリピン道に恐れをなして撤退。やむなく、県道27号吉舎油木線、R182と大回りをして、安田から県道416に取り付いてみた。気をよくしたのは約2.7㌔ほど、先の2ルートに勝るとも劣らないギリピン道になる。今さら引返すわけにもいかず、待避所のないヒヤヒヤ道を約1.5㌔、対向車に出会うことなく阿下集落の広い道に出た。阿下ふれあい会館を起点に星居山の林道周回を考えていたが、もはやその時間はなく、車で森林公園駐車場まで上がる。福寿草の里から1時間40分を要すという、惨憺たる有様。ともあれ、園内をめぐって星居山へ。

星居山 星居山森林公園Ⓟより(11:21)

星居山森林公園管理棟(11:23)
林道御陵納所線を上がっていくと、峠にトイレの整備された登山口がある。丸太階段の遊歩道を上ると、ほどなく頂稜に出る。北側の平坦地にお墓が一基、比丘尼庵の跡という。西の広い丘陵地が星居山のてっぺん。園地整備されて東屋と展望台が建ち、その間に一等三角点と宝篋印塔があった。傍の説明版に、宝篋印塔は性空上人(しょうくうしょうにん)の廟所として寛弘2年(1005)に建立、と刻まれている。うーむ、日本で宝篋印塔が造立されだしたのは鎌倉時代以降と思うのだが…。展望台に上がると、石鎚山や大山などの案内があるが、ヒノキが育ってとても無理。南西に電波塔越の上下方面、北に三国山の連なりを同定できる程度。下山は南面の星居寺へ寄り道したあと、来た道をたどる。起点に還って、おいしい手作り弁当を食べる。帰りは、林道星居山線から林道大辺安田線を選んで、田頭(たんどう)の県道25号線に出てみた。先の県道ルートのいずれよりも、近くて快適な気がする。車なら、断然このルートがよい。

星居山登山口(林道御陵納所線)(11:34)

星居山遊歩道(11:38)

比丘尼庵跡(11:40)

星居山山頂(11:43)

星居山山頂の宝篋印塔と展望台(11:43)

上下町方面 展望台より(11:45)

三国山方面 展望台より(11:46)

星居山北西尾根の遊歩道(11:51)

星居寺分岐(11:33)

情土山星居寺(12:03)